お盆について

京のお盆行事と「六道まいり」

 今年も再びお盆の季節が近づいてまいりました。「盆と正月」という言葉もあり、いづれも私たちの暮らしに深く根付いた行事といえますが、とりわけお盆行事は申すまでもなくご先祖さまの精霊が年に一度はるか十万億土の冥界からの旅より、わが家にお帰りになられますことより、私たちが特に心を用いる行事といえるのではないでしょうか。
 京都ではお盆にお迎えするご先祖さまのみ魂を「お精霊(しょらい)さん」と親しみを込めて呼びます。これは仏教が入ってくるずっと以前からあった「祖霊を現世に招き寄せ(招来(しょうらい))、そして大いに供養をささげ、ご恩報謝をするといった慰霊行事としての風習」が基盤となっているからだともいわれています。
 お盆(盂蘭盆(うらぼん))といえば、仏教思想からでた行事のように考えがちですが日本古来の宗教がもっていた「御魂(みたま)まつり」や「祖霊(それい)信仰」といった民俗信仰が仏教のもたらした『盂蘭盆経(うらぼんきょう)』の説く、「先祖の苦を救う」といった教えなどと習合し、今日のお盆行事を生んだといえます。
 こういったお盆行事の歴史の趣を残し、今に伝えているのが当寺のお精霊迎え「六道まいり」の行事であります。こうした行事が京都のお盆の大切な〝しきたり〟として永続しておりますのは、やはり600年の歴史の積み重ねの中での京の人々の慣習とは言い切れない、先祖崇拝の根強い思いに培われ、あるいは支えられて、そして仏教ほんらいのあるべき姿ともいえる今にあるような「報恩という人間の心の中で最も大切な心を親しく思い起こさせてくれる奥床(おくゆか)しい行事」となって、私たちの生活の中に融け込んでいるからではないでしょうか。

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