行事

  • 冬

    早春の特別寺宝展

    2026年2月21日(土)〜23日(月・祝)
    午前9時〜午後4時まで
    ● 大人(高校生以上) 800円
    ● 中学生 500円
    ● 小学生 400円
    特別拝観内容

    早春の特別寺宝展では、美人画の巨匠 上村松園画伯の奉納秘蔵絵画「多から舩」や、桃山時代に描かれました「参詣曼荼羅図」(京都府指定文化財)、江戸時代初期の「熊野観心十界図」、を公開。江戸時代(元禄二年)法橋院達作の小野篁・冥官・獄卒像や、2年前に無事130年振りに保存修理を終えた藤原期(平安後期)作の秘仏・重文本尊薬師如来坐像、さらには、室町時代の有力幕閣(ばっかく)であった、赤松円心(えんしん)を祖とする守護大名・戦国大名の赤松家第9代当主の『赤松政則(まさのり)肖像画』を久々に公開します。
    赤松家と珍皇寺[正確には貞治3年(1364年)に建仁寺塔頭の大昌院という寺が、中世の兵乱により荒廃した珍皇寺を再興し、後には合併もされましたが、明治26年に古刹保存の趣旨をもって大昌院より再び、珍皇寺と寺号が改められました。赤松家とのご因縁はこの大昌院とのつながりといえます。]との関係でありますが、嘉吉元年(1441年)に赤松満祐(みつすけ)が、所領の問題で、6代将軍で専制的将軍として有名な足利義教(よしのり)を暗殺した嘉吉(かきつ)の乱により一層その縁が深まったといえます。満祐は自害し赤松家本家は当然没落の憂き目(うきめ)にあいますが、その甥(おい)にあたる時勝(ときかつ)が当寺に住していた天隠龍澤(てんいんりゅうたく)のもとに預けられ、形としては出家を遂げたことにより一命をとり止めることとなります。その子が「政則(まさのり)」で後には細川家に接近して中央政界での影響力も高め、一代で赤松家の全盛期を築き上げた中興の英主であります。
    このたびの特別拝観ではこの赤松政則の肖像画のほか、この赤松家より当寺に奉納された銘刀「兼重」(かねしげ)の展観や前述の「天隠龍澤」が室町期に自ら彫像された『十一面観音像』も特別公開させていただきます。また、例年どおり篁作の「閻魔大王像」や、小野篁卿の「冥途通いの井戸」と「黄泉がえりの井戸」も併せての公開となります。

    • 上村松園「多から舩」

    • 赤松政則 肖像画(室町時代)
    • 赤松家奉納の銘刀「兼重」
    • 熊野観心十界図
    • 珍皇寺参詣曼荼羅図
    • 小野篁像
    • 冥途通いの井戸
    • 黄泉がえりの井戸
    • 竹林大明神の祠
    ◆ 記念朱印の授与

    「早春の特別寺宝展」をご拝観いただくお方さまには、だるま商店絵師による『赤達磨絵朱印』(赤色の達磨は、家内安全、諸病厄徐、開運吉祥のご利益があるとされる。)を見開き揮毫をさせていただくとともに、片方には達磨大師の名言とされ、前回の寺宝展の折、直書きさせていただいた『気は長く、心は丸く(腹立てず)』に続く言葉、第2弾『人は大きく、己は小さく』を同じく墨書メタリックで揮毫させていただきます。
    また、達磨大師の教え・人生訓として、同じく朱色書きメタリックにて『不撓不屈(ふとうふくつ)』と「七転八起(しちてんはっき)」の2種も直書きさせていただきます。
    その他、篁卿は篤く京・伏見の稲荷大明神に帰依もされ、そのご分霊を東北への陸奥守(むつのかみ)に赴任の折にお持になられ、宮城県岩沼市に竹駒神社を創建されておられることより、この初午(はつうま)月の2月に見開き金泥にての『稲荷大明神』朱印も授与させていただくこととなりました。
    さらには、今回は重文本尊の薬師如来坐像が去る2024年3月に130年振りに保存修理もさせていただいたところでありますが、貴重な当文化財を地震・火災等の災害より後世にわたりお守りする周辺整備事業が、未着工であったことより、第2期工事として、昨年の夏過ぎ頃まで実施していたところであります。
    とりわけ緊急自動車(消防車)の前面道路よりの侵入が狭隘(きょうあい)にて困難であったことより、南正面門の敷地を大幅拡張する必要にも迫られました。
    しかし、ようやく昨年にそうした諸工事も無事竣工となりましたことより、その完成を祝い、このたび特別朱印の授与もさせていただく運びとなりました。
    それは見開き墨書メタリックにて、『薬師佛』と直書きさせていただくとともに建仁寺第218世で當山第五世で室町時代の傑僧(けっそう)・名僧として名高い天隠龍澤(てんいんりゅうたく)和尚が自ら造像された十一面観音さまの今回特別開帳に合わせ、その仏様(ほとけさま)のご尊名『十一面観音』も直書きさせていただきます。十一面観音さまは、どんな悩みや願いも十一のお顔、つまりすべての方向に顔を向けられ、慈悲の心で人々の苦しみを救う力を秘めた仏様なのです。印判としましては、龍澤和尚自らが手がけられた仏様をかたちどった判を押させていただくこととなります。
    この度は重文本尊薬師佛修理の一連の関連事業のすべての竣工を祝う特別限定朱印の授与となりますので、是非とも多くのお方様がお越いてなられご利益にあずかられんと願ってやみません。
    住職 敬白

    (慶祝)薬師佛・十一面観音御朱印
    (志納:2,000円)
    (慶祝)薬師佛・十一面観音御朱印
    見開きだるま絵師とのコラボ人生訓朱印「達磨人生訓朱印」
    (志納:2,500円)
    ※期間中22日限定
    見開きだるま絵師とのコラボ人生訓朱印「達磨人生訓朱印」


    [達磨の教えと人生訓の授与]
    達磨大師の史的事実については、不明な点も多く、いつどこで生まれ、どこで亡くなられたかは明らかにされていません。
    しかし、一般に伝わるところでは、およそ5世紀前後にペルシャ(イラン)、または南天竺(南インド)の国の王子として生まれ、西暦528年に亡くなられたとされています。
    ただし、禅宗の伝統では、達磨大師は南インドの香至国(こうしこく)の第三王子で、南シナ海を経て中国に入り、梁(りょう)の武帝に会って問答を交わされたことになっています。
    しかし、梁の武帝は禅の真髄を理解できず、達磨大師は北魏(ほくぎ)・崇山(すうざん)の少林寺(しょうりんじ)に入って、壁に向かって坐禅を始められ、悟りを開かれたとあります。
    これが、いわゆる〝面壁九年(めんぺきくねん)〟といわれているものです。
    そして〝面壁九年〟は、どんなことでも粘り強くやれば必ずできるという「信念を貫く強さの大切さ」を説く言葉として用いられるようになりました。
    このように達磨大師は『不撓不屈(ふとうふくつ)』の精神を体現された禅宗の始祖であり、またこの不屈の精神を象徴する言葉としては『七転八起(しちてんはっき)』があることはみな様ご承知のとおりであります。
    私たちは誰もが先の見えない不安な有限の人生を歩むわけですが、だからこそ、どんな厳しい環境であっても、限られた生命ゆえその日その日を大切に「新たな一歩を踏み出す」前向きな心は、いつも持ちたいものであり、今回はこの達磨大師のお教えの一部の言葉と人生訓を選ばせて頂きました。
    そして御朱印判としては、何度倒れても起き上がり、逆境に負けない「起き上がり小法師(こぼし)」の形の大願成就の縁起物とされる『達磨印』をそれぞれおめでたい金・銀色にて押させていただきます。

    起き上がり小法師(こぼし)だるま絵「七転八起」御朱印
    (志納:1,500円)
    起き上がり小法師(こぼし)だるま絵「七転八起」御朱印
    起き上がり小法師(こぼし)だるま絵「不撓不屈」御朱印
    (志納:1,500円)
    起き上がり小法師(こぼし)だるま絵「不撓不屈」御朱印
    見開き金泥墨書「初午稲荷大明神 朱印」
    (志納:1,000円)
    稲荷大明神見開き金泥御朱印

    和銅4年(711年)2月の最初の午(うま)の日(旧暦では年明け最初の午の日)は、全国の稲荷神社の総本社である伏見稲荷大社の御鎮座の日とされます。
    その由縁は、古い記録によれば、大昔(大和時代の頃)全国的に気候不良で五穀の稔りの悪い年が続いたので、奈良朝の元明天王(げんめいてんのう)の勅命により、初午の日に京都稲荷山三カ峰の三所に三柱(みばしら)の大神を伊侶具秦公(いろぐはたのきみ)が祀ったところ、五穀がおおいに稔り、天下の百姓は福を得ることが出来たとあります。神階は、天慶(てんぎょう)5年(942)正一位に上(のぼ)り、幟(のぼり)に描かれる「正一位稲荷大明神」の文字はこれに由来するとされます。
    中世から近世にかけては、武家や商家の屋敷神として勧請され、五穀豊穣のみならず、商工業繁栄、家内安全のほか災いを除き福を呼びこむ神徳として知られるようになり、やがては庶民の間に広がり、全国に数多いご分霊社も勧請されることとなりました。
    この稲荷神を篤く信仰されたのが、当寺とゆかりの深い小野篁公(おののたかむらこう)で、仁明天皇(にんみょうてんのう)の承和9年(842)には、陸奥守(むつのかみ)として御着任の際、山城国の稲荷山に詣でられ、そのご分霊をもって東北開拓、国家鎮護の大神として着任地に祀られたとあり、その稲荷社が、東北の宮城県岩沼市にある、日本三大稲荷にも数えられる「竹駒神社」であります。その後、古くは平泉藤原三代、降っては仙台藩主伊達家歴代の尊崇篤き神としての信仰があったと伝わります。
    また、稲荷神は神仏習合思想では、江戸時代までは仏教における聖観音や十一面観音を本地仏(神道の神々は、実は様々な仏の化身という考え)とし、特に江戸以降は陀枳尼天(だきにてん)とも同一視されるようになりました。
    真言密教では、陀枳尼天は奪精鬼として閻魔王の眷属となっています。
    閻魔天のご利益は、申すまでもなく亡者の救済と延命であります。
    当寺にも稲荷大明神を祀る、竹林大明神の小祠が、古くより「小野篁公 冥途通いの井戸」の傍らに祀られています。そこで、本年も初午の日となるこの二月に「初午稲荷神御朱印」をご参詣者にご授与させていただき、この新年にそのご利益(りやく)にあやかっていただければとの思いにてこの御朱印の頒布となりました。

    ◆ 御朱印帳の授与

    「だるま商店」絵師による「閻魔大王」と「小野 篁卿」各姿絵等を最初のページに特別に描いた2種の『六道珍皇寺 改訂版 オリジナル朱印帳』も限定数にてご授与させていただいております。

  • 拝観案内 京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町595 TEL・FAX 075-561-4129
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